LOGIN朝靄が晴れゆく王都。王城の執務室では、一人の青年が机に向かっていた。ローゼンだった。山積みになった報告書。復興計画。農地の再建。騎士団の再編。戦いが終わっても、王の仕事に終わりはない。「……思った以上だな。」静かに呟く。その時、扉が優しくノックされた。「失礼します。」マーガレットだった。「朝食をお持ちしました。」ローゼンは苦笑する。「また食べ忘れていたか。」「ええ。」「国王が倒れてしまっては、国民が心配します。」彼女は温かなスープを机へ置いた。「ありがとう。」ローゼンは久しぶりにゆっくりと食事を口にする。以前なら、一人ですべてを抱え込んでいた。しかし今は違う。隣には支えてくれる仲間がいる。───食事を終えたローゼンは、王城のバルコニーへ立った。眼下には復興に励む人々の姿が見える。瓦礫を運ぶ兵士。笑顔で店を開く商人。子どもたちの笑い声。その景色を見ながら、彼は静かに口を開いた。「……守れたんだな。」そこへフジがやって来る。「陛下。」「その呼び方はやめろ。」ローゼンは笑った。「今は二人だけだ。」フジも少しだけ笑みを浮かべる。「では、ローゼン。」「復興は順調です。」「騎士団も以前より団結しています。」ローゼンは頷いた。「それも、お前たちのおかげだ。」少しの沈黙。そしてローゼンは空を見上げた。「前世では……。」「王とは力で支配するものだと思っていた。」「民は従うもの。」「そう信じていた。」彼は静かに首を振る。「違った。」「王とは、一番最初に民を信じる者なんだな。」フジはその言葉を聞き、静かに頭を下げた。「きっと先王も、それを望んでいたのでしょう。」「そうかもしれない。」ローゼンは微笑んだ。「ようやく父を超えられる気がする。」───その頃、中庭ではルピナスとダリアが花壇を手入れしていた。「見て!」ダリアが嬉しそうに指差す。世界樹の根元に、小さな紫色の花が咲いている。「世界樹の花……。」ラベンダーも静かに近づいた。「新しい時代が始まる証です。」ルピナスは優しく花へ触れる。「あの日、みんなで守った世界なんですね。」風が吹き抜ける。花びらが空へ舞い上がった。───夕方。ローゼンは王座の間へ民を招いた。貴族だけではない。農民も。商人も。
王都に、柔らかな朝日が降り注ぐ。戦いが終わって数週間。壊れていた建物は少しずつ修復され、人々の表情にも穏やかな笑顔が戻っていた。ルピナスは城の庭園で花に水をあげている。「おはよう。」聞き慣れた声に振り返る。「フジ!」今日のフジは騎士団の制服ではなく、紺色のシンプルな私服だった。「今日は非番なんだ。」「えっ、本当に?」「ああ。」少し照れくさそうに笑う。「よかったら、一緒に街へ行かないか。」その一言でルピナスの胸は高鳴った。「……はい!」───城下町。パン屋から焼きたての香りが漂い、子どもたちが元気よく走り回る。「こんなふうに歩くの、初めてですね。」「そうだな。」今までは護衛か任務ばかりだった。今日は違う。ただの恋人同士。それだけで十分幸せだった。露店を眺めながら歩いていると、小さな女の子が転びそうになる。ルピナスが慌てて支えると、少女はにっこり笑った。「ありがとう、お姉ちゃん!」そのまま母親の元へ走っていく。フジは優しく笑った。「やっぱり、お前らしい。」「え?」「困っている人を見ると、放っておけない。」ルピナスは照れ笑いを浮かべた。「癖みたいなものです。」「その優しさが好きだ。」さらりと言われ、ルピナスは立ち止まる。「……もう。」「そんなこと急に言わないでください。」「本当のことだから。」フジは悪びれる様子もない。ルピナスは耳まで真っ赤になった。───噴水広場。ベンチへ腰掛け、二人で焼き菓子を分け合う。「おいしい。」「うん。」同じお菓子を半分こするだけなのに、不思議と特別な時間だった。突然、風が吹く。ルピナスの髪へ藤の花びらが一枚舞い降りた。フジはそっと手を伸ばし、その花びらを優しく取る。「取れた。」二人の距離が近い。ルピナスは思わず目を逸らした。「近いです……。」「悪い。」そう言いながらも、フジは優しく笑う。「照れてる?」「照れてません!」「顔、赤いぞ。」「赤くないです!」言い返すルピナスを見て、フジは珍しく声を出して笑った。その笑顔につられ、ルピナスも笑う。戦場では見られなかった、穏やかな時間。何よりも大切な時間だった。───帰り道。夕焼けが王都を茜色に染めていた。「今日は楽しかった。」ルピナスが小さく呟く。「ああ。」「また
春風が、優しく吹いていた。世界樹は再び大地へ深く根を張り、王都には色とりどりの花が咲き誇る。戦いの傷跡は少しずつ癒え、人々は笑顔を取り戻していた。今日は、この国にとって特別な日。そして、一人の少女にとって、新しい人生の始まりの日だった。───「きれい……。」鏡の前で、ルピナスは小さく息を呑んだ。純白のドレス。胸元には世界樹を模した刺繍。藤色の宝石が陽の光を受けて静かに輝いている。髪には満開の藤の花。ダリアは目を潤ませながら何度もうなずいた。「世界で一番きれい。」「……泣かないでよ。」「無理!」ダリアは抱きついた。「処刑台に向かっていたあなたが……。」「今日、お嫁さんになるなんてぇぇぇ!」二人は思わず笑った。マーガレットも優しくベールを整える。「幸せになってください。」「はい。」ルピナスは力強く頷いた。もう迷いはない。───教会の鐘が鳴る。大きな扉が開かれた。赤い絨毯の先には、黒の礼装に身を包んだフジが立っていた。いつも冷静な彼が、今日は少しだけ緊張している。ルピナスが歩き始める。一歩。また一歩。前世では処刑台へ向かった足。今は、大切な人の待つ未来へ向かう足。涙で景色が滲む。それでも彼女は笑っていた。フジもまた、優しく微笑む。「待っていた。」その一言だけで十分だった。ルピナスは彼の前へ立つ。フジはそっと手を差し伸べた。「これから先も。」「笑う日も。」「泣く日も。」「迷う日も。」「全部、一緒に歩こう。」ルピナスは迷わずその手を取る。「はい。」「あなたとなら。」「どんな未来も怖くありません。」───司祭が静かに問いかける。「健やかなる時も。」「病める時も。」「互いを愛し、支え合うことを誓いますか。」「誓います。」二人の声が重なった。指輪が交換される。祝福の鐘が鳴り響く。その瞬間。教会中に大きな拍手が湧き起こった。「おめでとう!」「ばんざーい!」花びらが舞う。世界樹の枝からも、藤の花が風に乗って降り注いだ。まるで世界そのものが二人を祝福しているようだった。───ローゼンは拍手を送りながら微笑んだ。「幸せになれ。」その隣ではマーガレットがそっと寄り添う。ダリアは号泣していた。「うわぁぁぁぁん!よかったぁぁぁ!」兵士たちは笑いなが
王都に、美しい鐘の音が鳴り響いた。戦勝を祝う鐘。人々は笑顔で街へ集まり、花で彩られた広場には露店が並んでいる。「平和だ……。」ルピナスはその景色を見つめ、胸いっぱいに息を吸った。こんな日が来るなんて、前世では想像もできなかった。「ルピナス!」元気な声とともにダリアが駆け寄ってくる。「もう探したんだから!」「ご、ごめん。」「今日は主役なんだから、ぼーっとしてちゃダメ!」そう言ってルピナスの腕を引く。「今日は?」「もちろん祝賀会!」「あなたとフジ様のお披露目でもあるんだから!」「えぇっ!?」ルピナスは耳まで真っ赤になった。───王城の大広間。復興を祝う晩餐会が開かれていた。兵士も貴族も平民も関係なく、一つの長いテーブルを囲む。それはローゼンが望んだ、新しい王国の姿だった。「皆、今日はありがとう。」ローゼンがグラスを掲げる。「この国は、多くの人に救われた。」「だから今日だけは身分も肩書きも忘れよう。」「共に生き延びた仲間として、この勝利を祝いたい。」大きな拍手が起こる。マーガレットはそんなローゼンを誇らしそうに見つめていた。(本当に変わりましたね……。)以前の彼なら、こんな言葉は決して口にしなかった。───「ルピナス。」優しい声に振り向く。フジだった。黒の正装に身を包み、少し照れたように笑っている。「似合ってる。」その一言だけで、ルピナスの顔は真っ赤になった。「フ、フジだって……。」「格好いい。」小さな声だった。しかしフジにはしっかり届いていた。「ありがとう。」二人は照れくさそうに笑う。その様子を柱の陰から見ていたダリアは拳を握る。「きゃーーーっ!」「見た!?」「見た!?」マーガレットは苦笑する。「静かに。」「二人が気づいてしまいます。」「だって!もう恋人よ!?」「幸せすぎる!」ダリアは感極まって涙まで浮かべていた。───晩餐会の途中。ローゼンが二人の前へ歩み寄る。一瞬、会場が静まり返る。ルピナスは少し緊張した。だが、ローゼンは穏やかに微笑んだ。「ルピナス。」「……はい。」「前世では、お前を守れなかった。」その言葉に、ルピナスは静かに首を振る。「もう過去です。」ローゼンも頷いた。「ああ。」「だからこそ、今度は祝福したい。」彼はフジへ向き
王都に、穏やかな朝が訪れた。戦いの傷跡はまだ残っている。それでも街には笑顔が戻り、子どもたちの笑い声が石畳へ響いていた。花屋には色とりどりの花が並び、人々は復興へ向けて新しい一歩を踏み出している。ルピナスは城の窓から、その光景を静かに見つめていた。「本当に……終わったんだ。」小さく呟くと、扉が軽く叩かれた。「ルピナス。」聞き慣れた声だった。振り返ると、フジが少し緊張した表情で立っている。「少し時間をもらえるか。」「もちろん。」二人は王城を出て、静かな庭園へ向かった。満開の藤棚。初めて二人が心を通わせた場所だった。春風が吹き抜けるたび、藤の花が優しく揺れる。しばらく二人は何も話さず歩いた。その沈黙さえ心地よかった。やがてフジが足を止める。「ルピナス。」「はい。」「前世のお前を、俺は知らない。」ルピナスは静かに頷いた。「でも。」「今のお前なら知っている。」「泣き虫で。」「意地っ張りで。」「誰よりも優しくて。」「自分より他人を大切にしてしまう。」ルピナスは思わず笑った。「そんなにひどい?」「ああ。」フジも笑う。「だから放っておけない。」その笑顔を見たルピナスは胸が熱くなる。戦場では見ることのなかった、穏やかな笑顔だった。「フジ。」「ありがとう。」「何度も私を助けてくれて。」「何度も信じてくれて。」「何度も……帰ってきてくれて。」フジはゆっくり首を横に振る。「助けられたのは俺も同じだ。」「お前がいたから、未来を信じられた。」その言葉に、ルピナスの瞳が潤む。フジは一歩近づいた。二人の距離がゆっくり縮まる。「ルピナス。」「俺は。」「騎士としてじゃない。」「王国のためでもない。」「ただ、一人の男として。」深く息を吸う。「お前を愛している。」「これから先も。」「どんな未来でも。」「お前の隣を歩きたい。」静かな風が吹いた。藤の花びらが二人を包み込む。ルピナスは涙を流しながら微笑んだ。「私も。」「あなたを愛しています。」「前世では愛が何なのか分からなかった。」「誰を信じればいいのかも分からなかった。」「でも今は違う。」ルピナスはフジの両手をそっと握る。「あなたとなら。」「どんな未来でも歩いていける。」その答えを聞いたフジは、そっとルピナスを抱き寄せた
静寂だった。あれほど王都を揺るがしていた轟音は消え、世界樹の枝葉を揺らす風だけが優しく吹いている。空を覆っていた黒雲は姿を消し、澄み渡る青空が広がっていた。「……終わった。」誰かが呟いた。その一言をきっかけに、王都中から歓声が上がる。「勝ったぞ!」「世界樹が戻った!」「王都は救われた!」涙を流しながら抱き合う親子。肩を叩き合う兵士たち。マーガレットは避難所で最後の手当てを終え、安堵の息をついた。「皆さん、本当に……よく頑張りました。」ローゼンは剣を鞘へ納め、静かに民へ向き直る。「今日、この勝利を手にできたのは、一人の力ではない。」「この国を信じた全員の勝利だ。」民から大きな拍手が沸き起こる。その隣でマーガレットが優しく微笑んだ。「立派な王様になりますね。」ローゼンは少し照れくさそうに笑う。「まだまだ未熟だ。」「だから……これからも支えてくれるか。」その問いに、マーガレットは静かに一礼した。「喜んで。」二人は言葉少なに微笑み合った。恋は焦らなくていい。新しい物語は、ここから始まるのだから。───王城の中庭。ダリアは大きく伸びをすると、ルピナスの手をぐいっと引いた。「さあ、こっち!」「えっ?どこへ?」「決まってるでしょ。」「戦争は終わったの。」「次は恋の時間よ。」ルピナスの頬が真っ赤になる。「な、何言ってるの!」「もう!」ダリアはくすくす笑いながら、ルピナスを自室へ連れていく。鏡の前へ座らせ、乱れた髪を優しく梳かした。「ほら。」「こんなに綺麗なのに、戦いで台無し。」藤色のリボンを結び、薄紫のドレスへ着替えさせる。ルピナスは照れながら鏡を見つめた。「久しぶり……こんな格好。」「当たり前よ。」ダリアは満足そうに頷く。「今日は王女じゃない。」「一人の恋する女の子。」その言葉に、ルピナスは胸が熱くなった。「ダリア……。」「行ってらっしゃい。」「フジ様がお待ちよ。」───王城の裏庭。満開の藤棚の下で、一人の青年が立っていた。黒髪を風になびかせ、静かに空を見上げている。フジだった。足音に気づき、ゆっくり振り返る。その瞬間。言葉を失った。薄紫のドレスに身を包んだルピナスが、恥ずかしそうに立っていた。「……綺麗だ。」思わず漏れた本音。ルピナスは顔を真っ赤にし
私は二十四歳で処刑された。冷たい石畳の上に膝をつく。首には重い枷。広場には大勢の民衆。空はどこまでも青く、今日が私の処刑日だということが信じられなかった。ルピナス・カーディナル。侯爵家の長女。第一王子ローゼンの婚約者。そして――国家反逆罪の罪人。反逆などしていない。私はこの国のために勉強した。王妃候補として歴史を学び。外交を学び。政治を学び。夜更けまで本を読み続けた。すべては未来の王となるローゼン殿下を支えるためだった。それなのに。私の視線の先にいる彼は、一度もこちらを見ようとしない。隣には美しい女性が立っていた。隣国の王女、マーガレット。彼女は私を見
ローゼン王子は決意した。調査が必要だ。なぜルピナスが自分を振ったのか。なぜ避けるのか。なぜ「結構です!!」なのか。その謎を解かなければならない。王族として。未来の国王として。そして何より。一人の男として。「殿下」側近が声をかける。「なんだ」「現在何をなさっているのでしょう」ローゼンは真剣な顔で答えた。「尾行だ」側近は頭を抱えた。学院の放課後。ルピナスは上機嫌だった。隣にはダリア。今日も美人である。「ダリアー!」「なんですの」「ケーキ!」「知っていますわ」「楽しみね!」「貴女は犬ですの?」ルピナスは笑った。前世ではほとんど話せなかった。
帰りの馬車の中。ルピナスは向かい側に座るフジを見つめていた。フジは窓の外を見ている。無言。ひたすら無言。静かだった。あまりにも静かだった。ルピナスは耐えられなくなった。「フジ」「なんだ」返事は早い。「趣味は?」「剣術」「それ仕事では?」「そうだな」会話終了。ルピナスは困った。ダリアがいたら笑っていただろう。「好きな食べ物は?」「米」「子供?」「違う」会話終了。ルピナスは天井を見上げた。何この人。難しい。しばらくして。フジが口を開いた。「お前」「なに?」「なぜ王子を振った」ルピナスは固まった。核心だった。聞かれると思っていた。
部屋の空気が凍り付いた。ローゼン王子が固まっている。私も固まっている。いや、違う。私は冷静だ。とても冷静だ。なぜなら一度死んだから。「え?」ローゼンが間抜けな声を出した。「今、なんと……?」「結構です」私はもう一度言った。「付き合っていただかなくて結構です」沈黙。メイド達も固まっていた。一人のメイドが口元を押さえている。笑いを堪えているのかもしれない。気持ちは分かる。王子が振られるなど前代未聞だ。「ルピナス」ローゼンは困惑した顔で言った。「君は熱があるんだろう?」「ありません」「風邪で頭が混乱しているんじゃないか?」「しておりません」「いや、